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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)1820号 判決 1967年2月13日

原告 鈴木一弘

右訴訟代理人弁護士 荻原博司

同 木村英三郎

被告 大和広良

右訴訟代理人弁護士 高山盛義

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金八、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四〇年三月二〇日より完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

その請求原因として、

一、原告は訴外菊地与吉(以下単に訴外菊地という)に対して確定判決による昭和三四年六月二五日を弁済期とする料金一億三三五〇万円の手形債権を有するところ、訴外菊地は被告に対し次の債権を有する。

二、訴外菊地を買主とし、被告を売主として、昭和三三年一〇月八日静岡県沼津市静浦海岸所在の静浦ホテルおよび保養館の土地・建物・備品・什器営業権等一切を代金一億七、〇〇〇万円で譲渡する旨の売買契約が締結されたが、昭和三四年四月一六日、訴外菊地、被告間で右契約を合意解除し、被告は訴外菊地に対し、同日までに同人が被告に支払った右売買代金のうち合計金八、〇〇〇万円を返還する旨約束した。

三、同日、訴外菊地・被告間で被告の右金八、〇〇〇万円の返還債務をもって消費貸借の目的とし、静浦ホテル又は大和館の売却されたときその代金をもって支払い、利息は、後日両者で協議して決める旨の準消費貸借契約が締結された。

なお静浦ホテル及び大和館は昭和三八年七月一日訴外東海観光株式会社に売却された。

四、仮に訴外菊地と被告間の右準消費貸借契約の成立が認められないとしても、訴外菊地は、被告に対して、右合意解除の際、被告が訴外菊地に返還を約した金八、〇〇〇万円の債権を有する。

五、訴外菊地の被告に対する以上のいずれの債権も認められないとしても、前記昭和三三年一〇月八日成立の売買契約に基づき訴外菊地は被告に対して、売買代金に充当するため、昭和三三年一〇月八日から同月一五日までの間に金四、〇〇〇万円、同年一〇月末日頃小切手にて金一、〇〇〇万円、同年一〇月末頃から同年一一月末頃までの間に訴外森脇の担保解除のために金三、〇〇〇万円合計金八、〇〇〇万円を支払っているから、右売買契約が前記の日合意解除された以上、被告は、法律上の原因なくして、訴外人の損失において、右金員相当額を利得しているものであって、訴外菊地は、被告に対し、金八、〇〇〇万円の不当利得返還請求権を有している。

六、しかして、訴外人は被告に対して有する右第三項或は第四、五項記載の金八、〇〇〇万円の債権の外には全く資産がないので、原告は訴外菊地の債権者として債権保全のため同訴外人に代位して、同人の有する右債権を行使し被告に対し金八、〇〇〇万円および、これに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四〇年三月二〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

被告訴訟代理人の主張に対して、「売買契約合意解除に際して訴外菊地が一切の請求権を放棄したとの事実は否認する」と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求め、

答弁として、

請求原因事実中、訴外菊地、被告間で昭和三三年一〇月八日原告主張の売買契約が締結されたが、昭和三四年四月一六日右契約が合意解除されたこと、静浦ホテル及び大和館が訴外東海観光株式会社に売却されたこと(但し、譲渡の日昭和三八年七月一日ではない)および、被告が訴外菊地から売買代金として原告の主張する昭和三三年一〇月八日から同一五日までの間に金四、〇〇〇万円、同年一〇月末日頃金一、〇〇〇万円(小切手)の計金五、〇〇〇万円の支払をうけたことはいずれもこれを認める、原告が訴外菊地に対し金一億三、三五〇万円の手形債権を有しているとの事実および訴外菊地に資産がないとの事実は知らない、その余の事実はすべて否認する」と述べ、

被告が原告主張の売買契約に基づき訴外菊地から受領した代金については、昭和三四年四月一六日訴外人・被告間で売買契約を合意解除した際、訴外菊地は被告に対してこれら一切の請求権を放棄したから訴外菊地は被告に対し何らの債権を有しない。したがって、右両名の間に準消費貸借の成立すべき余地なく、代金返還の合意又は不当利得の返還請求権などある筈はない。

証拠として、<以下省略>。

理由

一、原告が訴外人に対して確定判決に基づく昭和三四年六月二五日を弁済期とする合計金一億三、三五〇万円の手形債権を有することは成立に争のない甲第一、二号証の各一、および各二によってこれを認めることができる。

二、そこで訴外人の被告に対する債権について判断する。

訴外人と被告との間に昭和三三年一〇月八日、沼津市、静浦海岸所在の静浦ホテルおよび保養館につき訴外人を買主、被告を売主としてその経営権を含む土地建物什器等一切を代金一億七、〇〇〇万円で売買する旨の契約(以下本件売買契約という)の成立したこと、この契約は同三四年四月一六月右両名間で合意解除されたことは、当事者間に争がない。

しかしながら右合意解除の際、被告が訴外菊地に金八、〇〇〇万円を返還することを約したことおよび、右返還債務を目的とする準消費貸借の成立したことについてはこれを認めるに足る証拠はない。(証人菊地真吉の証言中には本件売買契約合意解除の際、被告の代理人たる田中正次郎が、すでに売買に関して受領した手附金等の金員を返すことを約束したとの趣旨の供述が見受けられるのであるが、証人田中正次郎の証言によると同人は、本件売買契約合意解約に関して訴外菊地と被告との間の斡旋して仲介の労をとったものにすぎないことが認められ、また成立に争のない乙第一号証によれば同証人は単に立合人として署名していることが認められるから田中正次郎が被告の代理人であるとの右菊地の証言はたやすく信用し難いところであるから代理人を通じて金員返還の約束がなされたことを認めることはできない。)

したがって訴外菊地が被告に対して金八、〇〇〇万円の返還約束又は準消費貸借契約による債権を有するとの原告の主張はこれを容認することができない。そこで予備的に主張する訴外菊地の被告に対する不当利得返還請求権の有無について判断する、訴外菊地が被告に対して本件売買代金として、昭和三三年一〇月八日から一五日頃までの間に金四、〇〇〇万円を同年一〇月末日頃小切手にて金一、〇〇〇万円を被告に支払ったことは当事者間に争がないところであるが、同年一〇月末から一一月末までの間に金三、〇〇〇万円を支払ったとの主張事実については被告の否認するところであり原告はその支払の日時を特定しないが、かりに右主張で足りるとして、証拠をみると、原告本人尋問の結果によると、本件売買契約に関して、訴外菊地に金四、〇〇〇万円と金一、〇〇〇万円(小切手を)出してやったが、その外に同年一一月頃、金三、〇〇〇万円を訴外菊地に渡したと述べられているし、証人菊地与吉の証言と成立に争のない乙第三号証によると被告に金三、〇〇〇万円を払ったのは同年二月中旬でその金は訴外森脇からの借りたもので、うち金二、〇〇〇万円は被告の訴外森脇からの借金の代払に充てたことになるし、被告本人尋問の結果およびこれによって真正に成立したものと認められる乙第四号証によると金三、〇〇〇万円を訴外森脇に払ったのは同年一〇月一四日であることになるし、その証拠に現はれたところは区々であって判然としないが、同年一〇月又は一一月頃訴外菊地が訴外森脇の担保解除のために、支払った金員が、金二、〇〇〇万円或は金三、〇〇〇万円あったとしてもそれは訴外森脇(将光商事)が静浦ホテルの什器備品等を譲渡担保として貸与した金員の弁済に充当されたことが証人山中正治の証言、原、被告本人尋問の結果によって認められるのであって、この債務の措置に対する金員の支払は、本件売買契約の代金の支払とみなすべきものの中には含まれていないことが成立に争のない乙第一号証によって認められるのであるから、右金員は本件売買代金の支払に充てられたものとは認め難い。したがって原告の右主張事実はこれを認めることができない。

以上のとおり、被告は訴外菊地から本件売買代金金五、〇〇〇万円を受領したことおよび本件売買契約の合意解除のあったことは被告の自白するところであるから、被告はすでに受領した金五、〇〇〇万円を訴外菊地に返還すべきところ、被告は、訴外菊地において昭和三四年四月一六日右金五、〇〇〇万円の返還請求権は放棄したと主張する。成立に争のない乙第一号証と証人田中正次郎の証言および被告本人尋問の結果をそう合すれば訴外菊地は同日被告に対し静浦ホテル売買契約を諸条件に解約し、売買代金の一部として支払った金五、〇〇〇万円の請求権を放棄したことが認められ、証人菊地与吉の証言は右認定に反しないし、他に右の認定を左右するに足る証拠はない

そうだとすると訴外菊地は本件売買契約合意解除によって被告に対して不当利得返還請求権を有しないものというべきである。よって、原告が訴外菊地に対し先に認定した債権を有し、かつ、たとえ同訴外人が無資力であったとしても、訴外菊地は被告に対して原告主張のいずれの債権も有しないこと以上判示のとおりであるから原告の代位権に基づく本訴請求はすべて理由なく失当としてこれを棄却する<以下省略>。

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